著者
北村 由美
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.11, pp.21-31, 2021-03

日本においては子ども虐待が深刻になっており、2000(H12)年に制定された「児童虐待の防止等に関する法律」(以下、児童虐待防止法)は2020(R2)年までに、児童福祉法等の関連法と合わせると8回改正されている。しかし、法律の改正がなされても児童虐待件数は減少することはなく、増加し続けている。子ども虐待が報道されるたびに児童相談所の対応のあり方が問われることが多くなっている。厚生労働省は子ども虐待については発生予防・早期発見・早期の適切な対応・被虐待児の保護・自立に向けた支援が必要と考えている。大きな事件が生じるたびに、児童相談所も国も虐待が生じてからの対応に追われているように見えるが、実は、虐待予防の仕組みを作ることが重要である。そこで、本稿では、虐待予防の仕組みを検討するにあたって必要と思われる、子ども虐待の現状について明らかにし、虐待が子どもに及ぼす影響、および、虐待に対する日本の取り組みについて述べ、子ども虐待防止に向けての課題を検討した。
著者
越川 陽介 山根 倫也
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.10, pp.39-49, 2020-03-16

現代は利便性や効率の追求が高い優先度を持つ社会から、多様性が必要とされ、曖昧さを抱える社会へと変化してきている。我々はこのパラダイムシフトに適応していくために必要となる態度や能力としてnegative capability(ネガティブケイパビリティ)に注目する。Negative capabilityは詩人のKeats, J.によって提唱された概念であり、芸術、心理臨床、宗教、教育など様々な領域でその概念が用いられている。本論ではnegative capabilityの概念を概観し、曖昧さや待つという行為との関連を検討した。negative capabilityは曖昧さへの受容や、外見からは判断できないが、葛藤を踏み堪える過程、無私の状態、不確実性との関係の成熟の心的過程が生じている可能性について指摘した。また、多様性と曖昧さを抱える現在の社会にnegative capabilityの概念を拡張させるために、negative capabilityを「事柄や状況に対し、答えの見えなさ、相反する考えや感情、あるいは同時多発的に生じる複数の思考や感情を、有機体的な自己へ貯蔵し熟成させることができる力」と定義した。不安定で不確実、複雑、曖昧な社会で答えのない問いを立て、それを問い続けるためには、negative capabilityを発揮することが重要になると考えられる。今後はnegative capabilityを身に付ける方法の検討や評価スケールの作成が望まれる。
著者
酒井 久実代 河﨑 俊博
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.8, pp.49-59, 2018-03-16

本研究では、「振り返り日記」の継続実施による、精神的健康への影響を検討することを目的とした。本研究では、実験参加者を募り、応募者をランダムに3群(出来事筆記群、感情筆記群、フェルトセンス筆記群)に振り分け、30日間の日記筆記を実施した。出来事筆記群では、一日の出来事を主に記述し、感情筆記群では出来事とそれに関連する感情を記述した。フェルトセンス筆記群では、出来事と感情及び、それらにまつわるフェルトセンスの記述を求めた。また、日記の実施前、実施直後、1カ月後に質問紙調査を実施し、日記終了後に自由記述形式で感想を求めた。日記の内容を確認したところ、教示通りではなかったため、本研究では3群を合わせて質問紙調査の結果を検討することにした。得られたデータを分析した結果、次のことが示された。心理的ストレス反応では、4下位尺度(疲労、怒り、循環器不調、抑うつ)において日記筆記前よりも日記筆記後に有意な低下がみられた。また、GHQ12の「うつ症傾向」、「社会的活動障害」においても有意な低下が確認された。精神的健康へのポジティブな影響としては、「本来感」と「本来的自己感」において、筆記前よりも筆記後に有意に増加していることが示された。さらに、自由記述を検討したところ、79の文章が抽出され、20個のキーワードが作成された。キーワードを類似性によりまとめると、「気持ちの整理」、「新たな気づき・理解」、「前向きな気持ち・考え」、「変化」、「反省」に整理された。これらの結果から、「振り返り日記」の効果について考察した。
著者
田中 秀男 池見 陽
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.6, pp.9-17, 2016-03-08

ユージン・ジェンドリンがフォーカシングを提唱したきっかけとして、カール・ロジャーズのもとで行われていた以下の2 つのリサーチ結果が、著作『フォーカシング』(Gendlin, 1981)で挙げられている。「1.心理療法の成功と相関があったのは、クライエントが“何を”話したかではなく、“いかに”話したかであった」「2.心理療法が成功するか/失敗するかは、ごく初期の面接から予測できてしまう」。実は、この2つは、ジェンドリンに先行する研究者たちによる別のリサーチの流れだったことがわかってきた。上記の1.がEXPスケール(体験過程尺度)の源流であり、上記の2.がフォーカシング教示法の源流である。本稿では、こうした2つのリサーチの流れがジェンドリンに継承されることで、どのように合流して現在の「フォーカシング」となったのかを提示する。
著者
北村 由美
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
no.11, pp.21-31, 2021-03

日本においては子ども虐待が深刻になっており、2000(H12)年に制定された「児童虐待の防止等に関する法律」(以下、児童虐待防止法)は2020(R2)年までに、児童福祉法等の関連法と合わせると8回改正されている。しかし、法律の改正がなされても児童虐待件数は減少することはなく、増加し続けている。子ども虐待が報道されるたびに児童相談所の対応のあり方が問われることが多くなっている。厚生労働省は子ども虐待については発生予防・早期発見・早期の適切な対応・被虐待児の保護・自立に向けた支援が必要と考えている。大きな事件が生じるたびに、児童相談所も国も虐待が生じてからの対応に追われているように見えるが、実は、虐待予防の仕組みを作ることが重要である。そこで、本稿では、虐待予防の仕組みを検討するにあたって必要と思われる、子ども虐待の現状について明らかにし、虐待が子どもに及ぼす影響、および、虐待に対する日本の取り組みについて述べ、子ども虐待防止に向けての課題を検討した。
著者
池見 陽 筒井 優介 平野 智子 岡村 心平 田中 秀男 佐藤 浩 河﨑 俊博 白坂 和美 有村 靖子 山本 誠司 越川 陽介 阪本 久実子
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.9, pp.1-12, 2019-03

自分の生きざまを動物に喩えて、その動物は何をしているのかなどと形容しながらペアで話し合うワークを考案し、それを「アニクロ」(Crossing with Animals)と命名した。本論では、その理論背景として実存哲学、メタファー論やジェンドリン哲学を含む体験過程理論について論じたあと、その実践を3つの側面から検討した。それらは、アニクロ初体験者に対するアンケート結果について、産業メンタルヘルス研修でのアニクロの応用について、そしてゲシュタルトセラピーにおけるアニクロの実践についてである。アニクロは多用な実践が可能であるが、その基本原理はフォーカシングであり、本論は最後に、アニクロを通してみたフォーカシングの基礎理論を考察した。
著者
岡村 心平
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.7, pp.29-38, 2017-03-18

本論文では、対人的な相互作用における交差に関連する「共に感じること(co-feeling)」という概念をめぐって、理論的な検討を行った。まずGendlin(1995)の記述する対人的な相互作用における交差の特徴と、その説明の中で引用されるGilligan and Wiggins(1987)の「共に感じること」という概念を取り上げ、この概念が従来の心理学的な「共感」概念と対比的に用いられており、そこに同一化が含まれるか否かの相違があることを示した。また、この「共に感じること」という概念がクンデラの小説『存在の耐えられない軽さ』から援用されたもので、「同情」という語のパラフレーズとして使用されていることを概観した。次節では、心理療法における共感概念、特にロジャーズの「共感的理解」とフロイトによる「共感」に関する記述を参照し、「共に感じること」との比較検討を行った。フロイトは共感を「同一化」と関連づけ論じており、一方でロジャーズの共感的理解と「共に感じること」は、同一化に基づかない点で共通していることを提示した。また、共感的理解の特徴である“as if” という性質は、「AをあたかもBであるかのように」理解するというメタファーにおける交差の機能やその仮想性にも見られ、この点においても、ロジャーズの共感的理解と、ジェンドリンの交差概念や「共に感じること」という概念との間に共通点が見出された。
著者
西田 裕子 寺嶋 繁典
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.10, pp.27-37, 2020-03-16

本邦における男性の育児休業取得率は2018年度の調査ではいまだ6.16%であり、厚生労働省が向上を目指しているものの、欧米諸国と比較すると極めて低い。本稿では、男性の育児休業取得率の低さの背景に存在する制度的な課題と共に、文化的・心理的課題を明確にし、男性の育児休業取得の促進に寄与する取り組みについて検討を行った。文化・心理的背景には、性役割分業意識や、集団意識、母性原理、自己主張の仕方などがあり、こうした現状の中で男性労働者が育児休業を取得したいと主張することは非常に困難である。男性の育児休業取得率向上は、企業や労働者への育児休業取得の利点を浸透させ、制度を拡充し、義務化を検討すること、さらには親になる教育を早期に始めることなど、多方面からの政策によってはじめて可能となるであろう。
著者
岡本 和磨 池田 陽子 甲斐 朱莉 末元 真子 水谷 晴香 米田 紗菜 池見 陽
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.11, pp.11-19, 2021-03

PCAGIPとは、メンバー間の相互作用を通じて事例提供者に役立つ新しい取り組みの方向や具体策のヒントを見出すためのグループ体験であり(村山・中田,2012)、様々な分野で活用されている。しかし昨今の世界的な感染症の流行に伴い、オンライン上で行うなど方法上の工夫が求められている。そこで、本論文ではZoomを使用してPCAGIPを実践し、オンライン上で行うことのメリット・ディメリットについて検討した。また、事例提供者にとってどのような応答が役に立っていたのかについても検討を行った。実施の結果メリットとして、随時全員の表情を画面上で真正面から捉えることが出来るため、対面にはない臨場感のある体験が可能であることが挙げられた。ディメリットとしてセキュリティの脆弱性に対する5つの不安が挙げられた。しかし、Zoomのアップデートによりそれらの不安のほとんどが解消されているのではないかと思われた。また、PCAGIPにおいて役立つ応答を検討した結果、メタファー表現による自己理解の生成過程、及びメタファー表現との交差やメタファーを用いた相互の追体験が重要であると考えられた。
著者
寺嶋 繁典
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
no.1, pp.13-21, 2011-03-12

従来、投影法の内容分析は形式分析と同様に、重要な結果の整理方法と考えられてきた。しかし内容分析は特殊な能力を有する一部の臨床家が行う名人芸という認識が定着し、結果の信憑性に疑義の表明されることが少なくない。この背景には内容分析の方法や訓練の方式が一定でなく、専ら臨床家個人に委ねられていることがある。内容分析からクライエントに有用な情報が得られることは、熟練した臨床家なら誰しもが経験的に理解していることである。パーソナルコンピュータの普及による形式分析偏重の昨今、内容分析の定式化を改めて模索する必要があろう。本稿ではロールシャッハ・テストを中心に内容分析を体系的・段階的に行う手順を提示するとともに、初心者への技能訓練の方法について述べる。
著者
石倉 篤 清澤 亜希子 田中 雄大 原田 祐奈 堀川 優依 中田 行重
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.9, pp.13-22, 2019-03

若手心理臨床家には専門的職業人としての発達の段階があるが(金沢・岩壁,2006)、彼らの変化・成長過程を明らかにすることで、彼らと指導する者にとって、変化・成長を促進することにつながる。変化・成長を促すものとして、スーパーヴィジョンやケースカンファレンス以外に、相互扶助的なものが求められる。そこで若手心理臨床家同士のグループを形成し、彼らの大学院修了後の変化についてPCAGIP 法を用いて検討した。筆者らが調査対象者となりPCAGIP法を実施して、事例提供者の発言をKJ法によって検討した。その結果から、以下の5点が示唆された。第一に、職業観を形成する過程で、就職するまでは全般的な臨床場面に適応する準備をする一方で、就職した後は職場の特異性に適応していった。第二に、クライエントとの関わりを通して、一人の人間として自己開示していくことが増え、その意味を理解し、自己開示のタイミングや内容がより適切になっていった。第三に、自分の内面やクライエントとの関係性を理解するだけでなく、職場という組織・環境の中の自分とクライエントの位置を、多様な視点から理解するようになっていった。第四に、臨床家自身やクライエント自身の気持ちや考え、そして臨床家とクライエントとの関係性を、適度な距離をとりながら検討できるようになった。第五に、若手同士の関わりによって、相互扶助的な変化・成長が促された。
著者
岡村 心平
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.3, pp.1-10, 2013-03-12

本論は、筆者が考案したなぞかけを用いたフォーカシング「なぞかけフォーカシング」を紹介する。導入では、 (1) 日本独自の言葉遊びである「なぞかけ」について、特にカケ・トキ・ココロという3つの構造をもった三段なぞと呼ばれるものについて説明し、 (2) 状況についてのメタファーとして機能するハンドル表現の特徴と、 (3) その意味を問いかけるアスキングの機能について示した上で、 (4) なぞかけとフォーカシングの構造の間の共通性について理論的に検討した。次に、そのような理論的知見を参照しながら作成した「なぞかけフォーカシング簡便法」について紹介し、その実践例を提示した。考察では、 (1) なぞかけフォーカシングの手順が、フォーカシングのプロセスを特徴づける「交差」と「浸り」を生じさせるために、どのように機能しているのかについて論じ、 (2) “その心は”というなぞかけのアスキングと通常のアスキングの中の“What's the crux of it?”という応答との比較と、その訳語としての妥当さについて検討し、 (3) フォーカシングにおける「問いかける」というプロセスと、なぞかけフォーカシングのもつ特徴の共通性についてのさらなる論考を行った。最後に、なぞかけフォーカシングを心理療法的応答の「稽古」として利用することの意義について、今後の展望を示した。
著者
岡村 心平
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.5, pp.9-18, 2015-03-12

心理療法におけるメタファーの機能は、Freudの『夢解釈』以来、現在でも重要なトピックのひとつである。特に、人間性心理学分野におけるメタファーの機能について考える上で、Eugene Gendlinのメタファー論を参照することは重要である。本論文では、Gendlinのメタファー観の推移を概観することを目的として、3つのテキストを挙げる。その3つとは、“Experiencing and the Creation of the Meaning (Gendlin 1962/1997)” 、“Let Your Body Interpret Your Dreams (Gendlin 1986)” 、“Crossing and Dipping (Gendlin 1991/1995)” である。これら3つのメタファー論を俯瞰した結果、時代の推移を経て、Gendlinのメタファー観、特に状況の捉え方に変化が見受けられた。この変化は、Gendlinのメタファー観のある種の「進展」と捉えられる。最後に、この状況の捉え方により進展されたGendlinのメタファー論が持つ臨床的な特徴について論じた。
著者
西藤 奈菜子 川端 康雄 寺嶋 繁典 米田 博
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.8, pp.31-40, 2018-03-16

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:以下ASD)の心理アセスメントでは、ASD特性を測定するための心理検査の開発やASDに特有な反応の調査など、様々な側面から研究が進められてきた。特に近年は、精神症状や疾患を有する軽度のASDへの適切な治療や支援が注目されており、軽微なASD特性のスクリーニングが課題となっている。ASDのスクリーニングには、従来、養育者による他者評価や患者自身の自己評価に基づく自記式の質問紙検査が使用されてきた。しかし、ASD特性が軽微で知的発達にも顕著な遅れがみられないケースについては、的確にスクリーニングすることが難しい。特にセルフモニタリングを苦手としているASDでは、自記式の質問紙検査による判定が適切に行えない場合も少なくない。本稿では、軽度のASDの青年や成人のスクリーニングにおける自記式の質問紙検査の限界と投影法検査によるスクリーニングの可能性について概観し、有用なスクリーニングツールのあり方について検討する。